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コラム 2026.09.25

熟成の美学「ひやおろし」と「秋あがり」

肌に触れる風が心地いい、ほっとできる秋がやってきた。

この季節になると、酒屋やスーパーの店頭、居酒屋の日本酒メニューに「ひやおろし」「秋あがり」と書かれた商品を見かけるようになる。

日本酒ファンにとって秋の訪れを実感する限定酒であるとともに、日本酒に詳しくない人にも気になるのが「秋あがり」「ひやおろし」という言葉。

どちらも秋を代表する旬の日本酒だが、その言葉の意味や歴史は……。

ひと夏を蔵で静かに過ごし、まろやかに変化した秋酒を知り、その魅力と楽しみ方をひも解いていこう。

「ひやおろし」とは

左から「峰乃白梅 ひやおろし」(峰乃白梅酒造)、「越後桜 純米吟醸原酒 ひやおろし」(越後桜酒造)、「ひやおろしの上善如水」(白瀧酒造)、「吉乃川 ひやおろし 純米」(吉乃川)

 

「ひやおろし」の歴史は江戸時代までさかのぼる。

 春先に搾った新酒は、雑菌の繁殖を防ぐために一度目の加熱処理(火入れ)を行い、貯蔵される。そして厳しい夏の暑さを、蔵の中の冷暗スペースで越し、秋になって外気温と蔵の中の温度の差が小さくなったころ、二度目の加熱処理(火入れ)を行わずに出荷する。

意外なことに「冷や」とは「常温」を意味するので、「冷や(常温)」のまま「出荷する(卸す)」ことから、「冷や卸し(ひやおろし)」と呼ばれるようになった。

通常の日本酒は貯蔵前と出荷前の2回火入れを行うが、ひやおろしは「出荷前の火入れをしない生詰め酒」であることが大きな製法上の特徴だ。

「秋あがり」とは

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「君の井 純米 秋あがり」

「越路吹雪 秋あがり 純米吟醸酒」

一方の「秋あがり」は、製法や出荷の仕組みを指す言葉ではないのが大きな違い。

冬から春に搾ったお酒が、夏の間に熟成が進み、秋になって「酒質が格段によくなった状態」を指す言葉だ。

「この酒はいい秋あがりをしたね」というように、お酒の状態を称える醸造用語が起源となっている。逆に熟成がうまくいかず味が崩れてしまった場合は「秋落ち(あきおち)」と言う。

現在では、「秋あがり」は熟成によって美味しくなった、秋限定酒の商品名として広く定着している。

 

製法を表す「ひやおろし」と、状態を表す「秋あがり」。

どちらも「ひと夏越して熟成された秋の限定酒」としてほぼ同義で使われているが、言葉の成り立ちの違いを知ると、日本酒選びがより興味深くなりそうだ。

プロに聞く。秋酒の傾向

新潟清酒の流通のプロ、地域に密着した卸業者として知られる新潟県酒類販売(県酒販)で、秋酒の傾向を伺った。

 

――どのくらいの酒蔵が秋酒を商品化していますか。

県内の約50蔵くらいが手掛けており、名称の傾向は「秋あがり」よりも「ひやおろし」がやや多いようです。

 

――発売時期の傾向はありますか。

スーパーなどでコーナーを設けることもあり、だいぶ前から発売の前倒し傾向が定着しています。現在は早いものは8月から店頭に並んでいますが、メインは9月~11月だと思います。

 

――夏を越した熟成酒だからこその味わい方、合う料理など、楽しみ方は。

ベタですが、秋の食材に合わせてほしいですね。

夏は前菜的な、酸を利かせた料理が多いですが、秋には少しずつボリュームのある食材や調理法の料理が増えてきます。

サンマは王道ですね。イカも美味しくなる季節、はらわたのコクはひやおろしのボリュームによく合います。キノコは焼くだけでなく、焼いた後に油をまとわすと、よりお酒との相性がよくなります。新潟ならではの秋の味覚、食用菊とも合わせてほしいですね。

「越後雪紅梅 ひやおろし純米」(長谷川酒造)。サンマやかきのもとのおひたしとともに

 

――最近の傾向や今年注目の動きがあればお願いします。

「ひやおろし」「秋あがり」という名称ですと販売期間が短いので、最近は「生詰め」といった秋限定商品の色合いを使用しないネーミングも見かけるようになりました。言葉は違っても、熟成の美味しさを楽しむお酒であることは同じなので、ぜひ試してほしいですね。

秋酒というくくりで、ラベルには「ひやおろし」「秋あがり」を入れていない商品も増えている。左から「峰乃白梅 純米吟醸ひやおろし」、「北雪 純米酒 秋あがり」(北雪酒造)、「麒麟山 やわらか〈秋香〉」(麒麟山酒造)、「今代司 秋限定純米酒 いざよい」(今代司酒造)

 

 

昨今の温暖化による夏の長期化を見据えて、微発泡の秋酒が登場したり、飲みやすさを意識した缶の秋酒も出てきました。

シュワシュワ系の秋酒「越の誉 純米ひやおろし BUNNY MOON」(原酒造)

「菊水 純米吟醸 ひやおろし」(菊水酒造)の新容器として180ml缶が登場。アウトドアでも手軽に楽しめる

酒販店やスーパーではコーナーをつくって展開しているところも多いので、ぜひ足を運んで、さまざまな秋酒をチェックしてみてください。

多彩な秋酒と合わせたい新潟の味

コインで新潟県内全蔵の清酒が楽しめる「唎酒番所」で知られるぽんしゅ館新潟驛店でも、唎酒番所前に秋酒コーナーがつくられていた。

約20蔵の、ネーミングもデザインも、秋を感じる商品がずらりと並ぶ。

それぞれにスタッフ手書きのコメントが添えられ、それぞれの商品の特徴がわかりやすく、選びやすいのが、ぽんしゅ館の魅力。

「月不見の池 純米吟醸 ひやおろし」(猪又酒造)

 

見ているだけで季節を感じ、どんな料理と合わせようかと考えていると、わくわくしてくる。

 

美味しい里芋が各地で収穫される季節。正月を待たずに「のっぺ」を作って、里芋のとろみと出汁の味わいを秋酒とともに味わってほしい。

夏の禁漁期を終え、水温が下がる冬が食べ頃の南蛮エビ、秋から冬が旬のヤリイカ、夏から秋が旬の“白身のトロ”ノドグロをはじめとした白身魚はお造りもいいが、炙りや塩焼きは、より秋酒との相性がよさそうだ。

イワシ、ヤナギガレイ、イクラ、サバ、赤ひげ、あん肝、寒ビラメに寒ブリ、ミズダコ、真ダラ、バイガイ、ベニズワイガニ……。

数えきれないほどある、新潟の秋から冬に旬を迎える魚介は、最高の秋酒のお供になる。

 

料理によって温度帯も変えるのも楽しいし、お酒だけをさまざまな温度帯で飲み比べてみてから料理を選ぶのもいい。

 

10〜15℃ほどの少し冷えた状態ですっきりと味わい、徐々に常温(冷や)へ戻していくと、隠れていた米の旨みや芳醇な香りがパッと開く。

さらに、秋が深まる季節には40℃前後の「ぬる燗」にすることで、熟成酒特有の包み込むようなやさしい温もりを感じることができる。試してみよう。

熟成の技を競う鑑評会

秋限定のお酒がいかに美味しく、また日本酒にとって熟成の技がいかに重要視されているかを象徴するのが、毎年10月末~11月に表彰式が開催される「関東信越国税局酒類鑑評会」の存在だ。

全国の各国税局ごとに開催されている鑑評会で、蔵人の間では「局」と呼ばれ、「関信局」では新潟をはじめ、茨城・栃木・群馬・埼玉・長野の6県から厳選された酒が出品され、熟成によって引き出された芳醇な香りや、カドが取れたまろやかな旨みの調和が厳密に審査される。ここでの入賞を目指し、蔵人たちは新酒をいかに美味しく熟成させるか、その技術を磨いている。

春の「全国新酒鑑評会」が搾りたての新酒の出来を競うのに対し、秋の「局」は熟成酒を評価するという違いとともに、春の「全国」は入賞、その中から金賞を決めるが、秋の「局」は吟醸、純米吟醸、純米の3部門それぞれの最優秀賞と特別賞が決まる。

新潟県の酒蔵もトップの最優秀賞を目指して、最高の1本を出品している。

昨年の第96回では、吟醸酒の部でお福酒造(長岡市)が、純米酒の部で君の井酒造(妙高市)が特別賞に輝いたが、残念ながら最優秀賞は他県の酒蔵だった。

特別賞を受賞したお福酒造蔵元の岸伸彦さん(右)と杜氏の中野義一さん

2026年の第97回は10月29日に表彰式が開催される。今年の結果に期待しよう。

 

 

春に生まれたフレッシュな新酒が、夏の静寂の中で刻を重ね、秋にやさしく包容力のある味わいへと育つ――。「ひやおろし」と「秋あがり」は、日本の四季と酒造りの知恵が織りなす極上の芸術品の一つだ。

秋の夜長に寄り添ってくれる最高の一本を選んで、束の間の新潟の秋をじっくりと味わってみたい。

 

取材協力:新潟県酒類販売 撮影協力:ぽんしゅ館新潟驛店 写真協力:お福酒造、菊水酒造、原酒造

 

ニール

『cushu手帖』『新潟発R』編集長

高橋真理子

cushu.jp

n-hatsu-r.com