この酒蔵で目指すのは、味わう「ジャパン・ラグジュアリー」。圧倒的に美味しく、かつ料理を完結する「ソース」の役割をする、食を豊かにしてくれるマリアージュのためのお酒。料理と合わせたとき、この飲み物が幸せな液体だと感じてもらえたら、もっと日本酒を飲む機会は増えると思っています。
十日町市松之山のほぼ中央に位置する黒倉(くろくら)集落。冬季には4mもの積雪がある棚田が美しい里山の集落に「雪と里山醸造所」がある。2025年秋に誕生した新潟県で90蔵目となる酒蔵だ。縄文土器が出土し、はるか昔から先人たちが営みを続けてきた美しい里山で、小さな酒蔵が大きな一歩を踏み出した。
ほくほく線まつだい駅からタクシーで約20分。酒蔵への道中、タクシードライバーで松之山の“食の案内人”でもある村山達三さんが十日町の成り立ちを話してくれた。縄文人がこの雪深い不便な地を選んだのは、人と人とのいさかいを避けるためだった。だから今でも多くの集落が里山の多彩な環境の地で、知恵を生かしながら共存している、と。
酒蔵は2018年にオープンしたレストランと宿泊施設を備える「醸す森」に隣接。かつて「じょうもんの湯 おふくろ館」があった場所で、そば打ち道場だった建物をリニューアルした。
酒蔵を造るきっかけは「コロナです」と代表のデュケット智美さん。
もともとは酒蔵ツーリズムの会社を立ち上げようと、2018年に十日町で開催されたビジネスコンテスト「トオコン」で、隣接市町村を含め45の酒蔵を対象に体験ツアーができる十日町市を拠点に、酒蔵ツーリズムと日本酒文化の学びを提供するビジネスプランがグランプリを受賞。「2019年に現在の建物と土地を取得し、準備していたときにコロナ禍に見舞われました」と振り返る。ツーリズムができない状況下で、智美さんは米生産者が自らの米で日本酒造りをするプロジェクトに関わることとなり、米生産者の思いに触れた。その翌年、ある縁で中里地区で一軒の古民家と棚田を引き継ぎ、米づくりを開始。地域の生産者との交流が増えるにつれ、酒造りで地域の力になりたいと思う気持ちが高まっていった。「酒蔵さんに人を入れることがリスクなのであれば、自分たちで酒造免許を取るしかないと思いました」。
醸す森代表の山岸さんとはビジネスパートナーでもあったので、隣接する建物を酒蔵としてリノベーションすることになった。
酒蔵の1階にある仕込み室に入ると、製造責任者の南雲歩さんがもろみの入った木桶を冷蔵庫から出してくれた。この木桶が仕込みタンクなのだ。
「効率を考えたら大きなタンクがいいのでしょうが、色々な種類が造れるし、マリアージュを念頭に置いて酒造りをしているので、このサイズがぴったりなんです」と智美さん。
12日目を迎えたもろみの色は少し茶色っぽかった。その色の理由は副原料にハーブを使っているから。雪と里山醸造所は輸出向けの清酒と、“SAKE”と呼ばれる「その他の醸造酒」の製造免許をもつ。その他の醸造酒の副原料として地元で栽培するオーガニックハーブを使用。これは神目箒(かみめぼうき)と呼ばれるハーブを抽出した仕込み水で仕込んだものだ。
「里山で採れるフキノトウも、添え仕込みの段階でゆでて刻んで加えました」。酒粕にはフキノトウの粒が入っている。「この酒粕、とても美味しいんですよ! このままチーズケーキに使ってもいいくらい。副原料が入るって面白いですよね」と智美さん。
これらの副原料を使ったSAKEは、従来の日本酒の枠を超えた味わいを持つラグジュアリー酒として展開。星付きレストランからも注文が入っている。今後は、メニュー1つに対しての「専用のマリアージュSAKE」として、レストランオリジナルの特別仕込みにも取り組む予定だ。
小さなタンクでじっくり低温で仕込み、袋吊りや自重での上槽、機械フィルターを行わずガラスとチューブで上澄みを引く方法の滓引きを繰り返すなど、ひと仕込みで約2カ月をかけ、製造量は30ℓという超小規模生産を行う。効率ではなく時間と手間をかけられるだけかけて品質の高さを追い求めている。
限られた生産量のため、現在はミシュランの星付き飲食店など一部店舗にのみ販売しており、一般販売と体験のグランドオープンは2026年の夏ごろを予定している。
英語と日本語で行われる体験は、仕込みと日本酒学・マリアージュ講座(座学とテイスティング)のセットで、マックス8名を受け入れ。参加者1人当たり約1ケース(10本前後)の酒が後日届く。
麹室で麹作りなどの酒造体験ができるだけでなく、日本酒文化を学ぶことができ、「将来的にはそれを伝えるアンバサダーになってほしい」という期待も込められている。
マリアージュ体験は、栄養士で、利き酒師など数々の酒類の資格をもち、世界的に高評価を得るワイン・スピリッツ教育機関WSET(テイスティング最優秀成績)保持者の智美さんが、自社の酒と同調したり、第3の味わいを生み出すペアリングを提案。
圧倒的に美味しい、料理のソースの役割をする、マリアージュのためのお酒を造る。そのことで料理人が喜び、美味しさがダイレクトに食べる人に伝わると、智美さんは考えている。「料理と合わせたとき、この飲み物が幸せな液体だと感じてもらえたら、もっと日本酒を飲む機会が増えると思うんです」
マリアージュ体験では他の酒蔵のお酒も出し、酒蔵見学を受け入れている蔵へつなぐことも考えている。酒造りの根本を勉強してから他の酒蔵へ行くと新たな発見があり、日本酒への興味もより深まるだろう。
「『どんなことでも7世代先のことを考えて決めなければならない』というネイティブアメリカンの言葉があります。彼らは7世代先、つまり500年後の子孫の未来を考えて今日1本の木を植えると聞き、素晴らしいと思いました」と智美さん。日本酒の文化を残していくためにも、雪と里山が美しいこの景観が7世代先まで残るような事業をしたい。この思いで「雪と里山醸造所」と命名した。
「自分たちにできるのは身近な消費を変えること」の思いの下、酒蔵をオール電化にし、再生エネルギーを作り利益の一部を里山保全に活用する電力会社を利用。商品にはプラスチックを使用しないため、試行錯誤を重ね、キャップの代わりにコルク栓を採用した。
原料には自分たちの棚田で手植えし、無農薬無除草剤・無肥料で育て、ハサかけで天日干しした米をはじめ、周囲の棚田で信頼する生産者が栽培する魚沼産コシヒカリを使用。中には合鴨農法により無農薬栽培するコシヒカリで1俵10数万円のものもあるという。酒米を栽培してもらう選択肢もあったが「美味しい従来米を残していきたい」と、“食べて最高に美味しい食用米”を使っている。
智美さんと南雲さんの出会いは、南雲さんが原酒造(柏崎市)で酒造りをしていたときだった。通訳として海外で経験を積み、大学時代に目覚めた日本酒の文化発信を長年考えていた智美さんの「海外の人と一緒に日本酒を学びたい」という考えに南雲さんが賛同。出会ったその日にNiigata SAKE Lovers(新潟酒愛)が立ち上がった。原料米作りから製造まで酒蔵と一緒に造る「純米大吟醸 繋ぐ」を、これまで4蔵とともに造ってきた。
今、新たな場所で新たな酒造りを始めた2人。
醸造責任者の南雲さんは「0からのスタートなので工夫することがたくさんあるのが楽しい」とほほ笑みながら、その思いは里山の棚田に通じると言う。「棚田は一つ一つ形も違うし環境も違い個性があり、それぞれの場所で最高の米がとれるよういろいろな工夫をしている。酒造りも一緒ですね」。雪と大地の恵みを酒造りに活用できることに、智美さんも南雲さんも感謝と喜びを感じている。
「ここは日本酒のファン、アンバサダーを育成するための場所。ここに来てくれたお客さまが友達を誘ってまた新潟県内や他県の酒蔵さんへ行き、日本酒ファンの輪が広がっていく道がつくりたい。私たちがやりたいことはまさにそこです」と智美さん。縄文時代の先人たちのように、他の酒蔵と違う個性をもちながら共存し、ともに新潟の豊かさを発信しようとスタートを切った酒蔵が醸す、SAKE 3種類をご紹介する。
世界を震撼させた、SAKEの新たな夜明け。雪国が育んだ木桶の息吹と、天然の乳酸菌が織りなす「革新」のシンボル。シャンパーニュの気品をまといつつ、米の生命力を宿したその雫は、世界のミシュラン・ソムリエに「概念が覆る」と言わしめた衝撃の一本。華やかな芳香と乳酸由来の厚み、全体を鮮烈に引き締める酸の調和。パクチーやハーブが香るベーコンのサラダとともに「未知なるマリアージュ」の扉を開く。
米の甘みを果実の誘惑へ。木桶仕込みが生んだ天然の乳酸と麹の芳醇な甘みが、一口ごとに「これが米か」という驚きをもたらす。気づけば次を求めてしまう、あらがいがたい果実感。コゴミなど生命力あふれる山菜のフリットと合わせれば、ヴィーナスの華やかな香りと山菜のほろ苦さが口中で共鳴し、至福の調和を奏でる。まさに里山の自然を凝縮した、官能的なまでのジューシーさ。
黄金の静寂、そして凛とした知性。ステンレス醸造が到達した無垢な純粋さは、長い時間をかけることをやめなかった里山の「静かな価値」を体現する 。高貴な香りを持ちつつ、魚介の繊細さと喧嘩しない懐深さを備えた一滴。素材の旨味をグッと引き上げ、輪郭を鮮やかに際立たせる。寒ブリとの相性が生む感動は、全ての淡麗辛口ファンとWine Loversに捧げる「Luxury Rice Wine」の真骨頂。
取材・文 / 髙橋真理子