根知谷のテロワールを語れる酒 『Nechi』ブランドを立ち上げた気鋭の蔵元が問う独自路線
渡辺酒造店

渡辺酒造店WATANABE shuzoten

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PICK UP 2021

ほぼ全量自社栽培で米作りから酒造りまで一貫生産しております。根知谷のテロワールを語れる日本酒を追究していきます。

蔵の周囲に米作りに適した地形が広がっていた

『根知男山』を醸す渡辺酒造店は、新潟県の西端、富山県との県境に位置する糸魚川市の根知谷にある。

酒米づくりに向いた天賦の地形

長野県白馬岳を水源とする姫川の支流・根知川沿いの山間地で、糸魚川駅から出る大糸線に乗れば根知駅まで15分ほど。日本百名山の雨飾山に源を発する根知川沿いの地は、近隣の谷の中で唯一東西に開けたコメ栽培の好適地。
両側を山に挟まれた緩やかな傾斜地は、東の駒ヶ岳から昇った陽が西の日本海に沈むまでの間、隅々にまで燦々と降り注ぐ。
十分な日照時間と積算温度、山風と川風がもたらす冷涼な空気、山々の雪解け水から生れる森林のミネラル豊かな水と、酒米作りに十分すぎるポテンシャルを秘めている。

根知谷の田んぼを守る

モチベーションだけでなく組織・システムを作ることが必要と語る6代目の渡辺吉樹蔵元

この地で1868年に創業、現当主は6代目の渡辺吉樹蔵元だ。「酒造りで大切にしていることは何ですか?」と尋ねると、「根知谷の田んぼを守ることですよ」と即座に答えが返ってきた。
この一言が全てを物語っていた。コメ作りから酒造りまでの一貫体制、酒蔵のドメーヌ志向。そしてテロワール・セパージュ・ビンテージで表現する日本酒の発信。
次々に繰り出される熱意に満ちた言葉からは、根知谷への隠しようもない郷土愛が滲む。

地酒は地元のコメで造るもの

緩やかな棚田。コメ栽培の好適地として知られる根知谷。駒ヶ岳、雨飾山などが見守る

「日本酒の本質的な価値は、原料米の生産から酒蔵のある土地で手がけることにあります」
これが渡辺蔵元の持論。1997年から地元根知谷で酒米の契約栽培を始め、2003年には自社田での栽培がスタートした。そして使用原料の全量自社栽培を目指し、農業生産法人も設立。
原料米の生産から酒の仕込みまで、一連の工程管理を自分たちで行う体制の確立である。 かくして4月から9月までは田んぼが、10月から3月までは酒蔵内が仕事場になった。

テロワールを語る地酒を

とは言え、酒造りに理想のコメを作るのは簡単ではなかったはず。試行錯誤と労苦の連続…すべては根知谷のテロワールを語れる酒のためだ。
「根知谷の自然か育んだ米の特徴を生かして、ここの気候風土を味わいに映し出した地酒の真髄を追求したかったのです」
酒蔵を取り巻く環境の中で、自らが生産した米を使って酒を造るという試みは、ワインでいうところの「AOC」や「ドメーヌ」に通じる。
こうして生まれた酒は、軟水の仕込み水にコメの旨みをじっくり引き出し、穏やかな口当たりの中に力強い美味しさが潜んでいる。

日本酒は産地・品種・品質で語る時代

新蔵・豊醸蔵の正面には自社田が広がる

「もう日本酒は、純米吟醸だの純米大吟醸だのと、精米歩合で表現する時代じゃないと思うんです」
こうした考えのもとに2006年には『Nechi』ブランドを誕生させた。根知谷で栽培した五百万石と越淡麗をその年の等級ごとに商品化し、原料から一貫生産するワインの取り組みを日本酒業界で体現。
原料米の「産地」「品種」「品質」で表現する日本酒である。 一般的には、日本酒はコメのでき具合に関わらず毎年同じ味わいに仕上げるが、『Nechi』シリーズは各年の米の特徴を重視し、過度に手を加えない。
技で仕上がりを調整する酒造りをあえて避けて、ビンテージ表記する。 「リスクはあります」と蔵元は語るが、コメ作りから始める酒造りだからこそ可能な矜持と言える。

国際的な賞でも最高評価

豊醸蔵の2階。伐採、木材、大工、設計、本物の素材技術をつぎ込んだ建物は、次世代へ残すために

こうして根知谷を信じ、新潟の誇る品種を信じ、一途にゴールにと結実した酒は、ロンドンで開催されるIWC(インターナショナルワインチャレンジ)にて栄冠を勝ち取った。
2010年、日本酒部門の純米吟醸酒・純米大吟醸酒の部に出品した『Nechi2008』が、最優秀賞の「チャンピオン・サケ」に選ばれたのだ。
根知谷のコメ、根知谷の水、根知谷の風と空気の中で根知谷の農民醸造家が醸す酒は、表面的な味わいだけでは語れない。風土まで伝える力を持っている。

根知谷で生きるということ

コンピュータ制御の発酵タンクが並ぶ仕込み蔵

敷地内を一巡すると、クオリティーを上げるための設備投資が着々と積み重ねられてきたことがわかる。 例えば手塩にかけて栽培した五百万石と越淡麗は自社精米するが、1992年、扁平精米のできる新鋭プラントを導入。
そのために建物も新築している。 仕込み蔵にはコンピュータ制御の大小発酵タンクがズラリと並び、醪は自動的に攪拌できるので櫂入れの必要がない。人力でするより正確で確実なのだとか。
ただし1基がサーマルタンクの4~5倍もする高額商品らしい。
「25年前に導入しました。一度入れればずっと使えるし、夜中の作業もなくなりましたから、高くはないですよ。お陰で8時~5時の勤務で週休制、日曜休みを確立できましたから」
コメ作りの分野には乾燥機を備えた倉庫に、じつに育苗ビニールハウスまで。多くの農家では農協から苗を購入するが、ここでは種籾から苗が育てられていた。
種籾の段階から酒に仕上げるまでを、全て自分たちの手で着実にこなす。 土を作り、土を耕し、種をまき、苗を育み、田んぼに植えて育てて収穫し、そのコメを使って酒に仕上げる。
1年のサイクルを根知谷の風土の中で完結する事業は、まさしく「根知谷で生きる」という企業ポリシーに則っていることが理解できた。
蔵元推薦のお酒を紹介しよう。

取材/伝農浩子・文/八田信江