飲んでにこにこ「えびす顔」になる『福顔』 三条市唯一の酒蔵で超軟水を活かして
福顔酒造

福顔酒造FUKUGAO shuzo

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PICK UP 2021

これからはますます人々の働き方や生き方が多様になってくると思います。どういう場面で日本酒を飲むのかを考えて、そうした場面に合った日本酒を提供していきたいです。小さな蔵ならではの個性を出すために少しずつ冒険しながら挑戦し、日本酒の新たな可能性を追求しつづけていきます。

代表取締役の小林章さん

新潟県のほぼ中央に位置する三条市は「ものづくりのまち」。鍛冶の伝統を受け継ぎ、金属加工を中心に多様な加工技術が集積している。

清流・五十嵐川の恩恵を受けて

そもそもの起こりは、江戸時代の初め頃、五十嵐川の度重なる水害に苦しむ農民のために当時の代官が江戸から釘職人を招いて、農家の副業として釘の製造を指導・奨励したことと伝えられる。
市の南東、魚沼市との境界にそびえるのは烏帽子岳。この山に源を発する五十嵐川が市街を流れ、やがて信濃川に合流する。アユやヤマメ、ウグイなどが生息し、秋にはサケが遡上するという清流だ。
「いがらし」ではなく「いからし」と呼ばれる川の名前は、垂仁天皇の第八皇子・五十日足彦命(いかたらしひこのみこと)に由来するとか。
三条市下田地区周辺はこの第八皇子が開拓し、その子孫が「五十嵐(いからし)」を名乗ったためと伝えられる。 福顔酒造の銘柄『越後五十嵐川(えちごいからしがわ)』は、この川に因むもの。
「三条市はこの水系の豊かな水と肥沃な土地に恵まれて、コメをはじめ多彩な農産物の産地でもあります。豊かな水とコメがあったので、三条には何軒かの酒蔵がありましたが、今は当社1軒のみになってしまいました」
と、福顔酒造の5代目蔵元で代表取締役の小林章さんは話し始めた。

「福顔」の由来は?

恵比寿様がシンボルマークの福顔酒造

恵比寿様がシンボルマークの福顔酒造 創業は1897年、代表銘柄は『福顔』。屋号「宇寿屋(うすや)」として『松風』という銘柄も出荷していたが、統制により『福顔』を残し、現在に至っている。
「福顔は縁起のいい名前でしょう」と小林社長は酒銘のいわれを話してくれた。
「初代・小林正次は飲んだ人が福の顔になる旨い酒を造り、日本酒で人を幸せにしたいとの志から、この名を付けたようです」
福顔の酒で、福顔の人をつくる。飲むと福を呼び、至福の時を提供するお酒。これが創業以来の基本理念だという。
「二代目小林正次に小林家の家訓として伝えられ、正次という名前は三代目まで家訓と一緒に当主が引き継いできました。父である四代目は正次を名乗らなかったので、私も名前は引き継いでいませんが、基本理念は受け継いでいます」
福顔の人のシンボルとして七福神の一人である恵比寿様を、福顔酒造のシンボルマークに採用。飲んでにこにこ顔のえびす顔になるお酒が、福顔酒造の日本酒であるとの想いを明かしてくれた。

五十嵐川伏流水で仕込む

福顔になってほしいと願いを込めた代表銘柄

福顔になってほしいと願いを込めた代表銘柄 そんな話を聞いては、是非とも恵比寿様の福顔にあやかりたいもの。して、その味わいやいかに。
「米の旨みのふくよかな香り、飽きのこない奥ゆかしい旨み。ほのかな甘みと柔らかな酸味が醸し出すハーモニーが絶妙です」との説明。なんとも飲んべえ心をくすぐられるではないか。
そんな味わいは何に由来するのかと問うと、小林社長は答えた。
「仕込み水でしょうね。清涼感のある柔らかくさらりとした味わいは、五十嵐川の伏流水に負うところが大きい。うちの酒は五十嵐川の水と、五十嵐川が育む米で造っています」

超軟水を造りに活かす

ここに水を供給している浄水場は、五十嵐川の伏流水が水源。取水される原水の水質が良いことから、緩速濾過といわれる方法で浄化されているそう。
緩速濾過とは薬品を使わずに、細かい砂の濾過層にゆっくりと原水を活かす方法で、自然水に極めて近い水とのことだ。
しかもこの五十嵐川の水は県内でもトップクラスの超軟水。昔は、発酵力が弱い軟水では、思うような酒造りができなかったといわれる。
この超軟水と向き合い、辛抱強く努力を重ねた末に、仕込み水として酒造りに上手く生かすことができたからこそ、福顔酒造は今日までこの地で生き残れたのであろう。
事実、3年連続で全国新酒鑑評会において金賞を受賞するなど、その造りはますます磨きがかかっている。

契約栽培の田んぼで田植え・稲刈りに参加

こだわりのコメで醸す酒は純米になる

こだわりのコメで醸す酒は純米になる 酒造りで最も大事にしていることは「地産地消」だという。従って原料米も地元での契約栽培が主体。
五百万石を使い地元で古くから愛されている『福顔』、五百万石と越淡麗を使った『越後五十嵐川』、山田錦で醸す『越後平野』が3本柱だが、山田錦以外は地元産。
「越淡麗は10年ぐらい前から契約栽培をしてもらっています。どうしたらいい酒米ができるか研究しながら。全量買い取りが前提です。田んぼが近くだから、田植え・稲刈りに参加していますよ」

「地産」と「地消」にこだわり

その越淡麗が十分に収量をまかなえるようになって、創業120年記念に『福顔特別純米酒』を発売。1年熟成させて出荷したという。契約栽培の越淡麗を100%使用、精米歩合は60%だから吟醸酒規格なのに、その表記はない。
これだけコメにこだわれば、蔵で醸す日本酒全てが純米酒となる「全量純米蔵」を目指すのも当然の流れだろう。しかし、小林社長は「地産」だけでなく「地消」にも重きを置いていた。
「純米蔵宣言といきたいところですが、純米に慣れ親しんでいない地元が大切なので、全量は難しいですね」
実際の規格よりもワンランク低い値段設定で、コストパフォーマンスの良さに定評があるのも、飲んだ人の福顔にこだわる創業以来のDNAなのだという感を強くした。
蔵元を代表するお酒を紹介しよう。

取材/伝農浩子・文/八田信江