長岡三島ならではの個性にこだわる 地酒蔵としての使命を語る『想天坊』の蔵
河忠酒造

河忠酒造KAWATYU shuzo

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地元産の原材料を使うことが個性にもつながりますので、当社では鑑評会出品酒にも県産米を使っています。現在は「越淡麗」で挑戦。これで結果が出せるよう頑張ります。

9代目当主の河内忠之さんと蔵元とタッグを組む野水杜氏(右)

創業1765年の河忠酒造があるのは、新潟県のほぼ中央、西山連山の麓に位置する長岡市脇野町(旧三島町)。緑に抱かれた静かな町だ。

酒銘は地元を想う気持ちから

「江戸中期から天領だった地で、このあたりには造り酒屋が7~8軒あったようです」と語るのは、9代目当主の河内忠之さん。そして、この長岡三島ならではの酒を造るのが、地酒蔵としての使命と断言する。
主要銘柄は『想天坊』。一度聞いたらなかなか忘れられない名前だが、じつは地元の昔話に登場する山の名前だとか。
「越後の山々は昔、修験場だったので山伏が籠もる坊があったんです」とのことだが、 想天坊もそうした山のひとつだったのだろう。
天を想う坊(人、町)の意味から、「蔵人の想いと天の恵みで醸した酒」とのメッセージを込めて採用したという。

もう一銘柄も変わった名前

河忠酒造がつくる、もうひとつの銘柄は『じゃんげ』。
「蛇が逃げると書いて、じゃんげと読みます。蔵の裏山・西山山中には『蛇逃の滝』があって、この名も伝説に由来しています」
高さ20mほどのこの滝は、あまりに水の勢いが激しくて、蛇も寄り付かないからという説と、この滝の近くを住処にしていた大蛇が、黒猫と争った結果、負けて逃げ出したのでこの名がついたという説がある。
辛口のシリーズということで、一般的に言われる「鬼殺し」といったニュアンスで、さらにそこから連想。「鬼をも殺すような辛さ」→ 「蛇も逃げ出す辛さ」と土地の逸話に引っ掛けて名付けた。
「『想天坊』も『じゃんげ』も、地元以外の人が目にしたら何のことかと思うでしょう。この土地に関心を持ってほしいんです」と話す河内さんの言葉には、深い郷土愛がにじむ。

個性豊かな越後流「淡麗旨口」を掲げて

原料米は全て新潟産。蒸米には和釜と甑が使われる

だから当然、原料米は地元産。河内さんは、 「うちは新潟県産米100%です。越淡麗が誕生してからは、こちらを使うようにしています」と胸を張る。
地元の契約農家によって栽培された酒造好適米「たかね錦」や「越淡麗」を、可能な限り使用することにしているのだという。
「たかね錦は吟醸造りに欠かせない米でした。でも亀の尾の孫に当たる古い品種で、新品種の普及により徐々に姿を消していきました。周りではだんだん使われなくなっていますが、うちではずっと使っています」
今では希少米となった「たかね錦」。この米を使うとどんな酒ができるのか。使い続ける理由を尋ねた。
「たかね錦は越後流の技、そしてうちの仕込み水との相性が良く、膨らみがあり米の甘みが感じられるきれいな酒になるんです」
仕込み水には、西山連山からの伏流水を敷地内の井戸から汲み上げて使用。超軟水で、口に含むとほのかに甘さを感じるという。
きれいな旨みが感じられ、ふっくらとしていて、すっとキレる「淡麗旨口」を目標とする蔵にとって、理想的な水なのだろう。

越後流の技を踏襲する若き杜氏の挑戦

杜氏は野水万寿生さん。東京農大短期大学部に学び、2000年に入社した。越後流の第一人者といわれた先代杜氏から33歳で技を引き継ぎ、甑による蒸米造り、全量手造りによる「箱麹法」など、キメ細やかな酒造りを継承する。
野水杜氏に蔵内を案内してもらった。明るく広々とした蔵は、さらなる増石にも対応できそうな設備。250年の風格を残しつつも、麹室は近代的なステンレス造りにリニューアルされていた。先の地震の影響という。
こうして 「伝統の継承と発展」をテーマに9代目と野水杜氏の酒造りは始まったが、発展を物語るのは「ゆらぎシリーズ」の発売。
「ゆらぎとは自然界の未知なる働きのこと。規則正しいはずの天体の運行にも微妙なゆらぎがあります。酒造りにもゆらぎの要素は大きく、小川のせせらぎが心地よさを与えるように、ゆらぎのある酒を想定しました」
と、熱い想いを杜氏は語った。野水杜氏の新しい試みは『想天坊』外伝として形になっている。

これからの日本酒は酸があっていい

歴史ある蔵でフレキシブルな造りが行われる

「目指す酒は毎年変わります。だから使う酵母も状況によって変える。食生活、生活環境は日々変わっていくんですから。地元に合った晩酌酒という、うちのスタンスさえブレなきゃいいんです」
と、蔵元は業界を展望し語った。 「同じ酵母を使っても耐性が出てくるから酒は違ってきます。米も同じ田んぼで作っても、毎年違ってくる。だから毎年が挑戦」 というのが、蔵元の持論だ。
究極は家庭料理で飲める酒。和食といっても唐揚げもあれば生姜焼きだってある。和食に合う酒はこうだと形にはめることはできない、と話は続いた。
「これからの日本酒は酸があっていい。ワインを飲み慣れてきたから、酸度の高い酒も受け入れられるようなっていますね。当社も、かつて持っていた酸への意識とは変わってきました。とはいえ、やはりシビアに捉えていて、バランスを重視しての許容範囲内で、です。肉料理なんかにも合うと思います」

「新潟らしさ」の中に個性を

河内さん:うちの酒をどこで最初に飲んでもらえるか、というと、飲食店で知ってもらうことになります。となると全国の酒との勝負。
新潟らしさを出しながらも個性を感じてもらえる酒をコンセプトにしています。
そんな蔵元お勧めの酒を紹介しよう。

取材/伝農浩子・文/八田信江