米・水・人のハーモニーで醸す地域密着型の酒 新潟・阿賀町の『麒麟山』に聞く
麒麟山酒造

麒麟山酒造KIRINZAN shuzo

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PICK UP 2021

今年、麒麟山酒造は「原点回帰」の言葉を掲げ、伝統辛口に代表されるような、日常を照らすお酒造りに立ち返り、商品構成の見直しを行います。ここ奥阿賀でしかできないお米作り、お酒造りをとことん追求いたしますので、ぜひご期待ください。

7代目蔵元の代表取締役社長・齋藤俊太郎さん

名峰とうたわれる麒麟山、阿賀野川や常浪川の清流。94%が森林に覆われた阿賀町で、厳しくも豊かな自然環境から生れる地酒『麒麟山』。
その味わいは辛口、一途。創業から170余年、代々の当主は淡麗辛口の酒造りを頑なに守り続けている。

地酒蔵の使命、さらりと飲める晩酌酒

地元の人が毎晩気軽に楽しめる晩酌酒を主体に製造

地元の人たちが「うめ~な」と言える酒造りこそが、地酒蔵の使命…と話すのは麒麟山酒造の代表取締役社長・齋藤俊太郎さん。1843年創業の同社7代目蔵元だ。

桶や蔵人に囲まれて少年時代を過ごし、その頃から蔵を継ぐのだろうなと思っていたという。大学卒業後は広告会社に勤務し、30歳で自蔵に入社。そして今、代表に就任して10年余りが過ぎた。
現在の製造量の約7割が普通酒で占められるというが、確かなマーケティングの視線はこんな言葉で語られた。
「この地域では酒を飲むことを楽しみにしている人が多いんです。従って地元の人たちに一番喜んでもらえる酒造りが地酒蔵の使命。毎日飲んで飽きない酒、地域の食文化に合った酒、を考えるとさらりと飲める辛口酒になる。しかもリーズナブルであることが望ましいわけで、必然的に普通酒が一番になります」

社内にアグリ事業部まで作った理由

良好な栽培環境を生かした地元米を積極的に使用

地元で求められるお酒を安定供給するためには、まず原料米を確保しなければならない。麒麟山酒造では20年以上前から中心になって地元農家と共同して奥阿賀酒米研究会を組織し、100%地元米使用を目標にしてきた。
年間1万俵必要だったが、当初の収量はその10分の1以下。なんとか目標に近づけようと平成23年に自社内に米作り専門部署であるアグリ事業部を立ち上げ、4人の専従社員も共に栽培に取り組んできた。
現在では、研究会のメンバーは当初に比べて倍増し、2019年、ついに目標としてきた100%を達成した。栽培品種は酒造好適米の「五百万石」「たかね錦」「越淡麗」に一般米の「こしいぶき」。
普通酒の掛米に使用するため、「こしいぶき」の栽培量が最も多い。
「ついに地元産の原料100%での酒造りを達成できることになりました。長年の夢がかない、感慨無量です。けれどもここからが肝心。課題はそれを維持する仕組み。農家さんの高齢化、後継者問題がありますからね。ここは気候風土が魚沼と似ていて、栽培環境は良好なんです。だから地域での米作りが続いていくことを念願しています」
地元米採用のメリットはなんと言っても安全性。確かな品質、信頼できる原料で酒造りに取り組める安心感だという。「だから自分たちの商品は、自信を持って販売できます」と蔵元は断言した。

森が育む清冽な水を使って

ミネラル分の少ない軟水を使いゆっくり発酵させている

仕込み水は、「越後山脈・下越の谷川岳」と呼ばれる御神楽岳(みかぐらだけ)起原の常浪川(とこなみがわ)の伏流水。ミネラル分の少ない軟水のため、発酵が時間をかけてゆっくりと進み、酒は綺麗でスッキリとした味わいに仕上がるという。
「水質は土壌に由来するんです。阿賀町は94%が森林で地上には広葉樹が落葉してつくられる自然のフィルターが堆積しています。山に降り積もった雪は、そのフィルターを通ってきめ細かな水になるんですね。酒造りに欠かせない良質な水を守るため、弊社では平成22年から「森作り事業」をスタートさせ、ブナやナラといった広葉樹の植林を行っています。また、木を植えて終わりではなく、下草刈りなどを行い、木々の管理をしなければなりません。当社でも年に一回社員総出で手入れを手伝っています」
森が育む清冽な水は、人が手をかけてこそ保たれる。水は酒質を決める大きな要素だから、水を守る労苦は厭わない・・・そんな姿勢が垣間見えた。

銘酒造りは人の和から

麹造りに力量を発揮する専務取締役の長谷川良昭杜氏

蔵の入り口には「銘酒造りは先ず人の和からはじめよう」という目標が掲げられている。とはいえ、蔵人は15名ほど、20代前半から60代後半までと年齢層の幅が広い。それを束ねているのが、専務取締役で杜氏の長谷川良昭さん。
25歳から麒麟山酒造に勤務し、先々代の杜氏に厳しい薫陶を受けた。元々は農家だったので米には精通、とりわけ麹造りに力量を発揮しているという。
この蔵では20年ほど前から社員制を採用。現在は全員が通年雇用だ。新人の蔵人は3年間、県の「新潟清酒学校」で研修する機会があり、その後も「新潟清酒研究会」や「新潟酒造技術研究会」などの組織に所属して研鑽を重ねている。
こうした向学心も、人の和という絆から生れるのだろう。

搾ったお酒は先進の設備で貯蔵熟成

新設間もない貯蔵庫は温度管理を徹底できる

「新潟清酒は搾ったらしばらく貯蔵して出荷するのが通常なんです。うちの設備で一番課題だったのが貯蔵庫。資金もですが広い土地が必要になりますから、なかなか物件がありませんでした。統廃合した保育園の跡地が使えることになって、ようやく貯蔵庫を新設できたんです」
と、蔵元は貯蔵庫内を紹介する。導入した貯蔵タンクは100本近くあり、サイズ違いで6種類そろっている。お酒の容量に見合ったタンクで貯蔵することで、酸化による劣化を最小限に抑えるのだ。搾ったお酒は蔵からタンクローリーで運んでくるのだそう。温度管理の行き届いた貯蔵庫で眠るお酒の仕上がりに、期待が膨らむ。
そんな蔵元が勧める蔵の酒は…

取材・文 / 八田信江