火入れ 一本一本手造りで仕上げる『越後自慢』は江戸時代からの蔵
小山酒造店

小山酒造店KOYAMA shuzoten

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PICK UP 2018

『越後自慢』の本醸造や純米はじめ、にごり酒など期間限定のお酒も販売予定です。ちなみに昨年はにごり酒が1日目の夕方に完売しました。

杜氏役も担う小山伸一蔵元

北の暗い海に身重の人魚が棲んでいた。あまりに寂しい海なので、人間の住む町で子供を育てたいと、人魚は海辺の神社に赤ん坊を産み落とした。

人魚伝説の生まれた浜辺

幹線道路から一本海の旧道沿いにあり落ち着いた一角だ

翌朝、人魚の赤子は神社近くのろうそく屋の老夫婦に拾われた。美しい娘に成長した人魚は、ろうそくに赤い絵を描いて仕事を手伝う。
そのろうそくでお参りすると、時化でも船は無事に帰ってこられると評判になり、ろうそく屋は繁盛。噂を聞きつけた行商人が、娘を売ってくれとやって来た。
大金に目がくらんだ夫婦は申し出に同意。娘は赤い蝋燭を残して連れて行かれた。 その晩、髪を乱した女が赤い蝋燭を買いに来た。老婆は娘の残した最後の1本も売ってしまった。
するとにわかに暴風となって海は荒れ、娘の乗った船は難破して沈んでしまった。 これは日本のアンデルセンといわれた児童文学作家・小川未明の創作童話「赤いろうそくと人魚」。
そのモチーフは上越市大潟区の雁子浜(がんごはま)に伝わる人魚伝説だという。 小川家は越後高田藩の家臣の出身。
そんな経緯から郷土の伝説が心に宿っていたのだろうか。この作品は1921年に東京朝日新聞に連載され、未明の出世作となった。

全工程を手作業で

上槽は酒袋に醪を詰めて槽で絞る

この伝説に因む日本酒を造っているのが、上越市大潟区の小山酒造店だ。その名は『人魚の里』。特別本醸造で爽やかな喉越しの酒である。
蔵への最寄り駅は信越本線の土底浜(どそこはま)駅。無人駅に降り立つと風に潮の匂いがする。ここから国道8号を渡って海へ向かうと、松林に囲まれて小山酒造店がある。
松林の向こうはすぐに日本海で、新潟県でも数少ない海岸線に近い酒蔵だ。近くには鵜の浜温泉があり、目の前は海水浴場。ナトリウム-塩化物泉で、旅館・ホテルほか日帰り温泉施設もある。
こうした風光明媚な海辺の地で、江戸時代天保年間(1830~1844年)に創業。180年ほどの歴史がある。当主は9代目の小山伸一さん。
「うちはすべての工程を手作業で行っています」と、蔵内を案内してくれた。 原料処理は和釜に甑、製麹には箱を使い、仕込みは小タンクでの小仕込みだ。
「醪の温度管理は大切です。温度が上がったときはタンクの下に雪を敷いて熱を冷ましています」
冷房設備などなくても美味しく造れる寒仕込みだ。
そして、搾るのは、全量佐瀬式の槽搾り。酒袋に醪を詰めて槽に積み重ね、昔ながらのスタイルを採用。
「圧力をかける前に自然圧で搾ります。すぐに圧力をかけると酒袋が崩れてしまうんです。」
手間も時間もかかるが、普通酒やカップ酒まで槽しぼりというから、飲み手にとってはなんとも贅沢な酒だ。

瓶燗火入れの採用は100年前から

瓶詰めしてから湯煎殺菌するのが瓶燗火入れ

さらに全量瓶燗火入れを行っているが、 「うちではずっと瓶燗火入れですよ。瓶が使われるようになってから」とのこと。
ガラス瓶が普及し始めたのは明治時代。1900年前後から灘・伏見の大手酒蔵で瓶詰の酒が販売されるようになった。一升瓶の大量生産が可能になったのは1922年のこと。
以降、木桶や大徳利に代わって国内独自の規格ボトルとして広く普及した。 そのころから瓶燗火入れをしていたというのだから、かなり先進的ではないか。
火入れとは酒の香り・味を安定させ、美味しいまま長期間保存できるように、65℃で15分ほど加熱すること。雑菌を死滅させるとともに酵素の活動を止め、熟成が進まないようにするためだ。
昔は大釜に酒を入れて加熱し樽に詰めていたが、今は熱交換器に通して酒の温度を上げ、殺菌するのが一般的だ。 これに対して、酒を瓶詰めしてから湯煎殺菌するのが瓶燗火入れ。
手作業で手間がかかるが、酒の劣化を防ぎ本来の風味を逃がさない利点が認識されて、最近は積極的に採用する蔵も増えている。
それを100年近くも前から実施していたというのだから、驚きだ。また、瓶詰も機械を使わずに手詰め。ラベル張りも3点張りでさえ手張りだ

蔵元杜氏として昔ながらを引き継ぐ

小山蔵元は7年ほど前から杜氏役も担っている。

「先代の杜氏が名杜氏だったんですよ。高齢で引退するにあたって、これからは経営者が自ら酒造りをするべきだとアドバイスされて、その気になりました。
うちのような小さな酒蔵が生き残っていくには、こういう選択もありだと思って。親の時代には黙ってても酒が売れたから、うちもそうですが、政界に入る人も多かったんです」
だから農大を卒業するとすぐに蔵に戻って、酒造りの現場に入った。名杜氏の指導の下に、伝統の食べながら飲む酒の造りを継承する。

いつも食卓にある酒が理想

手造り道具で丁寧に酒が醸されている

仕込み水は自家井戸から汲み上げる地下水。砂丘地帯の伏流水だそうで、酒は軟水仕込みのきめ細かい舌触りとふくよかな味わいを持つ。コメは五百万石と越淡麗が主体、麹には普通酒でも好適米を使っている。
「上越では甘口系が多いのですが、うちは料理に合う酒、すっきりとした後味の食中酒を信条にしています。どんな料理にも合うと、お客さんから手紙までもらいました。子供の頃には蔵をよくのぞきに来て遊んだんですよ」
と懐かしそうに蔵元。目に映る蔵の風景は、半世紀が過ぎてもそのころと変わらないに違いない。道具も一本一本手造りで丁寧に仕上げる作業も。そんなふうに蔵に流れる時間は、これからも続いてほしいと感じられた。
以下は蔵元お勧めのお酒。

取材・文/八田信江