『夏子の酒』の舞台 幻の酒米「亀の尾」を復活させ日本酒の未来を見つめる久須美酒造
久須美酒造

久須美酒造KUSUMI shuzo

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PICK UP 2018

2017年、純米大吟醸「亀の翁 くらしっく 三十年熟成」を限定発売しました。酒蔵の裏山の穴蔵で20年、蔵の冷蔵庫で10年間貯蔵。白ワイン感覚でフレンチやイタリアンに合わせられると好評です。お目にとまりましたらぜひお試しください。

7代目蔵元で代表取締役社長の久須美賢和さん

酒蔵を訪ねると杜氏や蔵人にインタビューすることがある。なぜ、酒造りをしたいと思ったのか、と。 彼らはたいていこう答える。「夏子の酒に影響されて」「夏子の酒に感動したから」と。

多くの蔵人を生んだ『夏子の酒』

「亀の尾」を使った純米大吟醸『亀の翁』

『夏子の酒』とは、1988年から1991年にかけて講談社の雑誌『モーニング』に連載された尾瀬あきらの漫画。造り酒屋を舞台に「幻の酒米」を復活させる物語で、酒造米をテーマに日本のコメ作り・農業問題をクローズアップ。
同時に日本酒業界の抱える構造的問題も明らかにした。 1994年にはテレビドラマ化されて、世間に広く知られるところとなった。ドラマを見て、日本酒を飲んでみたいと思った若者や女性たちも少なくない。
この造り酒屋というのが、周知のように「清泉」を醸す久須美酒造である。昭和初期まで日本酒に使われていたコメ「亀の尾」を3年かけて復活させ、日本酒『亀の翁』を完成させた事実をモチーフに描いたのが『夏子の酒』だ。

代表銘柄『清泉』の名は自家湧水に由来

亀の尾を栽培する田んぼ

蔵があるのは長岡市の旧和島村。名水の里として知られる。
「1985年に環境庁が全国の美味しい水を調査した際、新潟名水36選のひとつに当社の仕込み水が選ばれました。現在は65ヶ所が指定され、長岡市は5ヶ所。そのうちの2つが和島地区にあります」と、7代目蔵元で代表取締役社長の久須美賢和さんは紹介する。
敷地内にある井戸から湧き上がる水は、樹齢200年から250年ともいわれる老杉に覆われた裏山が水源。きれいに澄んだ軟水である。
「昔から当家は清水屋の屋号で呼ばれ、自家湧水に恵まれていました。代表銘柄『清泉』の名もこの自然水に由来します」
この裏山は久須美家の所有。酒造りに必要な良質な水は、山の杉を育て守ることが不可欠で、代々の杉山との深い関わりによって名水は育まれたのだろう。

復活劇が日本酒業界に残した功績

洗米は米が割れやすい作業。手間を惜しまず、竹のざるで米を手洗い

久須美酒造の名を一躍世に広めたのは、幻のコメ「亀の尾」の復活劇だ。 このコメは明治時代半ば、庄内地方の篤農家・阿部亀治が発見し、育成。
「不世出の名品種」として戦前は作付面積を誇ったが、病害虫に弱く、倒伏しやすいなどから徐々に姿を消していった。
そんな折、久須美酒造6代目・久須美記廸氏は、越後杜氏の長老から「亀の尾で造った吟醸酒が忘れられない」との話を耳にする。 「その米でぜひ酒を造りたい!」との想いに駆られ、6代目の「亀の尾」の種籾探しが始まった。
時代は地酒ブームのさなかだったが、日本酒の将来を思えば何かせずにはいられなかったのだろう。 1980年、苦労の末に手にしたのは穂にしてわずか10本、約1500粒の種籾だった。
この貴重な種籾を元に、生産農家でもある蔵人と二人三脚で3年がかりで復活させ、「亀の尾」を使った純米大吟醸『亀の翁』は誕生した。1983年冬のこと。夢にまで見た幻のコメは蘇り、香り高い酒となったのだった。
この酒はその年の三大鑑評会で金賞を受賞。やがて「夏子の酒」の題材となり、多くの日本酒ファンに感動を与えた。さらには日本酒の造り手を生み、飲み手を増やすなど、日本酒業界に残した功績は誰もが認めるところだ。

コメ作りにかける蔵元のDNA

技術の継承も大事な役割

「父は常々言っていました。造り酒屋の役目は美味い酒を造るだけではない。仕事を通じて世の中のためになることが大事。コメは江戸時代まで通貨だった。通貨で酒造りしている国は非常に珍しい。そのことを肝に銘じろ、と」
その意味するところは、造り酒屋はコメが十分なときには磨きを上げて美味い酒を造るが、ひとたび食糧危機になればコメは食に回すべきだということ。
また、たくさんコメを使って田んぼを枯らさないことが国土保全につながり、国民の食料確保にも役立つということ。こうした造り酒屋の役割を自覚したいと、先代の理念をかみしめるように語る。
そこには確かに受け継がれた酒蔵の蔵主としてのDNAが見えた。 実際、予期せぬ自然災害によって凶作はもたらされる。
2004年の水害と中越地震、2007年の中越沖地震で久須美酒造は合わせて約5億円の損害に見舞われ、蔵は存亡の危機に瀕したという。
コメ作りと共にある酒造り。そのことを深く心にとめて久須美酒造の蔵人を中心にする「亀の尾生産組合」では、酒米を栽培している。

伝統の職人技を後世に

槽は木製だが内部はステンレス張り

久須美酒造では昔ながらの手法にこだわり酒造りをしている。食品の安全性を第一にするから、コストはかかるが普通酒まで含めて全量自家精米。
原料処理には甑や麹蓋を使い、酒母は汲み掛け法を繰り返して立てている。職人技を大事にするのは、酒造りの技だけでなく、環境も含めて文化を正確に伝えていくためだという。
「日本酒は古来の知恵や大自然の恩恵でできたことを伝えていきたい。微生物が働きやすい環境を作ると言うが、じつは日本酒の酵母菌は餌がありすぎるといい働きをしない。
いかに過酷な場所を作ってやるかが大事。命のせめぎあいからいい酒ができるんです」
久須美蔵元の透徹した眼は蔵の明日のみならず、業界の未来を見据えているようだった。以下は蔵元お勧めのお酒。

取材・文/八田信江