最高金賞を連続受賞で注目される新潟『伝衛門』 新米杜氏を支えた醸造試験場の助け
越後伝衛門

越後伝衛門ECHIGO DENNEMON

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PICK UP 2018

これからも、少しずつ、コンペなど、出品していきたいと思います。そう思わせてくれたお酒たちを『にいが酒の陣』に持っていきますので、ぜひ、試してみてください。

杜氏の尾崎雅博さん

燗酒と冷酒というお酒の楽しみ方を提案するとともに、お勧めのお酒を提示するコンペティション。ここで、一昨年、昨年と、目を引く活躍を見せているのが、越後伝衛門のお酒たちだった。

注目のコンペで最高賞を連続受賞

江戸時の趣き?も演出

2016年に、『純米酒 伝衛門』が「全国熱燗コンテスト」で、プレミアム燗酒部門の最高金賞を、『大吟醸生貯瓶火入れ <越後の縁>』が金賞を受賞。
2017年には、『純米大吟醸 <文>』と『純米吟醸 伝衛門』が「全国熱燗コンテスト」のプレミアム燗酒部門の最高金賞(12点/275点・入賞率4.4%)。
また、『大吟醸 越後の縁 生貯瓶火入れ』が同・金賞(75点/275点・入賞率27.3%)を受賞。
さらに、『純米吟醸酒 新潟自然農場』が、「ワイングラスでおいしいい日本酒」~メイン部門・最高金賞(18/324点・入賞率5.6%)を、『純米吟醸酒 伝衛門』が、同金賞(72/324点・入賞率22.2%)を受賞した越後伝衛門酒造。
とくに、2017年の「燗酒コンテスト」では、晩酌や食事にぴったりの新潟酒らしく『大吟醸 越後の縁 生貯瓶火入れ』(越後伝衛門)を含め10本に上った。
この時に、新潟酒で最高金賞に選ばれたのは、『純米大吟醸 <文>』と『純米吟醸 伝衛門』の2本のみだった。
「全国新酒鑑評会や地区ごとの鑑評会は別として、お酒のコンペティションへはほとんど出していなかったのですが、こうして、認めていただけることはやはり嬉しいですね。
苦労もしましたが、酒造りの本当の楽しさも見えてきました。社員みんなの喜びとやる気にもつながっていますし」
嬉しそうに、しかし、冷静な表情で話してくれたのは、杜氏の尾崎雅博さん。入社から20年近くとなり、会社の中でも中心的な存在の一人となっている。

新潟市内の北部、越後平野にある酒蔵

前身は1948年創業の越乃蔵酒造

創業は1996年、極めて新しい酒蔵だ。開業に際して週刊誌に打った広告を、東京で何気なく目にしていたのが、現在の杜氏、尾崎さんだった。
その記憶がなぜかずっと心に残り、就職先を考えた時に思い出したという。小平から新潟まで来てしまったのだ。
「それほどお酒が好きだったというわけでもなかったのですが、酒造りということには興味を持っていました。社長面接で10年勤められるのだったらと言っていただき、入社となりました」
そして、ちょうど10年経った頃。杜氏さんが退職することになった。その頃、杜氏の下で働いていたのが尾崎さんだったため、「新たにから採用するよりも」と、杜氏昇格の打診があった。
酒造りの道に入った者にとって、杜氏は最終目標。誰もがなれるものではない。「やってみないか?」と言われて断る理由はない。

失敗続きの杜氏修行

「古さはあるが、設備は充分、ここしか知らないので」と尾崎杜氏

とは言え、先代杜氏のいた頃には手伝いばかり。習った、というほどのこともなかった。 手伝っていただけで一人立ちするのは、ハードルが高かったのではないかと推察される。
というのも、この蔵の特徴は酒米ではなく飯米を使い、麹菌には、秋田今野商店の麹を使っている。
「私はこの蔵しか知りませんので、当たり前のことだと思っていました。『清酒学校』にも行かせてもらいました。講師には、実際に酒蔵で働いている現役の方や経営者の方も多く、とても勉強になりました。
一方で、設備などが違うこともあり、学んだこととこの蔵では勝手が違い、やっぱり自分のやりかたでいくしかないとも思いました。
ただ、この時に新潟県醸造試験場の先生たちと知り合うことができたのは、後々で、とても助けになりました。なにしろ、ありとあらゆる失敗をしましたから。
その都度、電話でアドバイスをいただきました。1日に1回どころではない3回ということも。最初の3年くらいは、そんな状態でした」

親身の指導が力に

30〜40代、ほぼ同年代のスタッフはこの10年ほど変わっていない

何かトラブルがあると、それまでの経過とデータを詳細に聞いて、対処法を細かく指示してくれたそうだ。
「待ったが効かないとも多かったので、ほとんどその場で判断して指示してくれることが多かったですね。研究所に戻って試してから、ということもあったし」
素材だけに頼らない日本酒は、リカバリーできるところが強みだ。どの職員も、親身に的確に指導してくれた。
そんな挑戦と失敗、工夫と修復を何度も繰り返して、どんどん腕を上げていった。
「仕込んだのに全く発酵してこないということもありましたね。じつは、『仕込んだつもり』、だった。分量の割合が違っていたのです。酒を造っている実感が出てきたのは、この3〜4年ですね。
最初は、麹だけでも酒米を、と思ったこともありましたが、今では『酒米を使うよりおいしい』と言っていただけることもある。頑張ろうと思いますよね」
と話す。厳しい条件だったからこそ、腕をあげた尾崎杜氏だった。蔵元が進めるお酒を紹介しよう

取材・文 / 伝農浩子