人と風土のチームワークが酒を育てる 地元に愛される旨味のある辛口『松乃井』
松乃井酒造場

松乃井酒造場MATSUNOI shuzojo

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PICK UP 2018

酒造りの終盤、疲れもピークの頃に行われ、新酒を持って参加できる「にいがた酒の陣」は、造り手にも元気をくれるイベントです。皆さんの楽しそうな様子をみられることを楽しみにしています。

松乃井酒造場・代表取締役社長 古澤実さん

松乃井酒造場の古澤実社長は、開口一番、「私や杜氏の方から指示したわけではないのです。蔵人の方から自発的に提案が出てきたんですね」と、 驚きと喜びを隠しきれない様子で話し始めた。

人と風土が酒を育てる

豪雪がもたらす豊かな恵みをふんだんに詰め込んで醸す

山々に囲まれた豪雪地帯として知られる十日町。近年は世界的にも有名なアートイベントに成長した「大地の芸術祭越後妻有アートトリエンナーレ」でも知名度を上げている。
そんな話題豊富な十日町の郊外に、松乃井酒造場が蔵を構えたのは1894年のことだった。
「当蔵は、江戸時代中期から酒造りをしていた古澤酒造場に生まれ育った古澤英保が、1894年に分家して創業しました。
初代『英保』の名前を先代まで受け継ぎ、襲名していました。ちゃんと戸籍も変えてね。が、今は銘柄として残しています」
そう語るのは、5代目の古澤実社長。同社の商品の中でも最高級品として位置付けられる『大吟醸 英保』は、地元でいわゆるお使い物として絶大な人気。
毎年、造りの始まる前、9月中旬から出荷を始めるが、春までには完売してしまう人気だという。
横井戸から湧き出るとても柔らかな軟水を仕込み水に、酒造りに最も適した極寒の季節、35%まで磨いた「越淡麗」をザルで手洗いし限定給水、和窯で蒸し上げ、低温長期発酵。
手をかけ時間をかけて、じっくり丁寧に醸され、最後は槽で搾られる。

麹米はすべてザルを使った手洗に

米を見ながら割れないように丁寧に洗う

ところが、 「麹米に関しては、レギュラーまで、すべてザルで手洗いしているんです」という。 洗米~浸漬~蒸米と一連の工程を自動的に行ってくれる機械の性能も高いため、新潟県では、広く機械化が進んでいる。
「うちは、すべての作業が手作業だったんです。ザルで米を洗い、半切りの桶に浸して浸漬。けれど、最近の機械は非常によくなっており、浸漬は時間で測るものだから機械の正確さに頼るのもいいだろう、といろいろ調べて、数年前に洗米浸漬機を入れたんです。
それなりに量もありますし、蔵人も少し楽になるだろう、と思って。そうしたら、私や杜氏が指示したわけではないのに、蔵人たちの方から『麹用の洗米はすべて手洗いで行いたい』と言ってきたんですよ。
確かに洗米、浸漬はデリケートですから、もちろん吟醸系に関しては、変わらず手洗いを続けていました。それが、麹米はすべて、と。手洗いだったら米が割れる心配も最小限に止められますし、目で見ながらできますからね」

チームワークが最も大切

蒸米を冷ましながら集める

原料処理の大切さは誰しも口にすること。しっかり洗い適量の吸水により、良い蒸米ができる。和窯で米を蒸してスコップで掘り出して運ぶスタイルの松乃井酒造場。
ほとんどの工程が手作業とはいえ、良い蒸米ができなければ、その後の麹造りや酒母造り、全てに影響してくる。 「作り手のチームワーク」を最も大切にしているという社の方針。
きっと日々の話し合いなども活発にされているだろうことは容易に想像できる。そんな中から生まれてきた提案。蔵人たちの「より良い酒を造ろう、造りたい」という気持ちが伝わってきて、古澤社長もだいぶ心を動かされたようだ。

蔵人たちは冬は蔵で酒造り、夏は田んぼで米作り

蒸米を木桶で運ぶ。重さはあるが、熱さが伝わりにくい

6人体制で酒造りに取り組んでいるという松乃井酒造場。社長の弟である古澤裕杜氏以外の5人すべてが、季節雇用だと聞いて驚いた。
「例年なら、もう蔵入りしている時期なんですが、今年は、稲の生育が遅れていたので、まだ、酒造りも始まっていないのです」
しかも皆、十日町と小千谷という地元の農家で、お米も作っている。今時、珍しい、けれど、かつて杜氏制度のひとつの形として、ポピュラーなものだった。
「なるべく、顔が見える原材料を使いたいんですよね」 と語る、社長の理想にも適っている。
蔵人の中には、高齢化や持ち主が引っ越すなどして耕作放棄地になりそうだった田んぼを引き受けて、どんどん耕作地を増やして人もいるのだという。
揃って技術も安定し、やる気も充実している30~40代。酒造りにも米作りにも全力投球という、頼もしいことこの上ないメンバーだというのだ。中には有機JASの認証を取得している人もいる。
古澤杜氏もまたユニークだ。長年の顧客を裏切らない定番酒から名作『英保』まで造る。かと思えば、お酒が大好きで「女だって辛口が飲みたい!」という奥様のリクエストで造った「オンナの辛口」が超話題作となっている。

洗米以外でもワンランク上の処理

かつての住居であり、酒造業の事務所でもあった。

良い米麹を造るために、麹米は全量がザルを使った手洗い、ということ加えて、吟醸系の酒に関してはすべて槽でストレスの少ないようにじっくり時間をかけて搾っている。
また、火入れに関しても、吟醸以上は、すべて瓶火入れ1回で、瓶貯蔵。純米は出荷時の火入れが瓶燗。少しでも、フレッシュな味や香りを逃さないための処理だ。
丁寧な手作りと質の高さを知る地元の人たちだけに、純米吟醸などは、地元で完売してしまうことも少なくないという。 その一方で、「レギュラーこそがうちの酒」、とも語る古澤社長。
レギュラー比率が高いと言われる新潟県だが、全体平均では特定名称酒が約6割になっているという。そんな中で、松乃井酒造場は、5割弱。つまり「半分強はレギュラー酒」ということになる。
そして、地元への出荷率が7割。ほぼ全国の酒蔵が、下降線をたどっていた頃にも、ほぼ維持していたという安定度。まさに地元が支持する地酒だ。
古澤社長:蔵人が農家なのに加え、2016年から一粒一滴プロジェクトとして社員や得意先で田植えや稲刈りを行い、みんな可能な範囲で関わっています。
米どころ、酒どころという風土の元、米も酒も愛するメンバーで造っているのが、『松乃井』です。
蔵元が勧めるお酒を紹介しよう。

取材・文 / 伝農浩子