美味しい酒の次に重要になるブランディング 情報過多の時代にイメージを守る『緑川』
緑川酒造

緑川酒造MIDORIKAWA shuzo

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PICK UP 2021

造りも流通も妥協せず頑張りたい。

緑川酒造・5代目の大平俊治代表取締役社長

鮎が泳ぐ清冽な川が流れる米どころ。魚沼市の旧小出町にある緑川酒蔵は、ホームページなし、通信販売をせず、外回りの営業もいない。信頼の置ける特約店にだけ商品を託している。
その特約店もホームページを見ると、ネット注文ではなく、電話で申し込むスタイルだ。今でこそ「ブランディング」の大切さがわかる時代だが、この徹底したマネージメントを20年以上前から徹底して行ってきたという。

徹底した清潔さが、目指す酒質への第一歩

緑川酒造社屋の玄関は、まるで料亭かという設え。酒瓶や菰樽はディスプレイされているものの、余計なものは置かず、ポイントを抑えた品の良さ、そして清潔感。 その感想は、蔵に入ってさらに感じられた。
確かに、不要な危険な雑菌を避けるため、「酒造りの半分は掃除と洗い物」と言われるほど、酒蔵は清潔第一。しかし、そのレベルではない、徹底してすっきりと片付けられた足元から壁。棚には、ホースを直線のまま片付ける棚や、道具のしまわれた配置図まである。
聞けば、専門家から定期的に整理整頓具合をチェックしてもらい、アドバイスをもらっているという。 整理整頓、清潔さをキープする環境をここまで整えられれば、社員もやらざるをないだろう。
この地への移転を機に、当時専務だった緑川酒造5代目の大平俊治代表取締役社長が切った舵は、想像を超える大きな転換だった。

良い水で造った酒の質を貯蔵でさらに上げる

シーズン初めの試験用、小さな麹の子供が眠っているだけの麹室

1884年に創業した小出市街地から、山が近く田んぼに囲まれた現在の地に移転したのは、1990年のことだった。区画整理があったためだが、今の場所を選んだのは、ひとえに水のため。
鉄分が少なく癖がない軟水。そして豊富な水量。現在も敷地内から地下水をくみ上げて使用している。良水を手に入れた社長が次にとったのは、徹底的に温度管理のできる酒蔵の建築だった。
「それまでは自然任せ。蔵の中は涼しいとはいえ夏は保存温度が高くなります。冬~春に絞った酒を寝かせて、秋になると味は乗って美味しくなりますが、軟水のため熟成香が生じやすい。
低温熟成だと時間はかかるけどよりまろやかになり、香りの劣化も少ない。熟成とフレッシュさを両立させたかったので、貯蔵庫はもちろん、必要と思われる箇所は温度管理できる設計に。冷房設備が普及してきた現在とは状況が違っていた当時のことなので驚かれました」
前述の通り、きれいに大事に、もちろんリペアもしっかりして使っていることもあり、20年以上経った今も、問題なく使えているという。
同時にいち早く雪中貯蔵も試み、7月頃まで冷蔵して出荷する。真夏の日本酒はとかく不利な立場だが、嘘か本当か夏の方が売れていたと社長は笑う。

こだわりの酒米は先代の思いが詰まった希少な米

北陸12号(右)

緑川酒造が使用している米がまた、珍しい。主軸となっているのが、北陸12号。控えめな味わいで軽やかな飲み口、寝かせても重くならない。
「食事の傍らにあって、いつの間にか飲んじゃったな、と思うような酒がいい酒だと思う」 と社長の求める酒にはぴったりだ。
北陸12号は、古い歴史を持つが、先代が途絶えていたものを種もみから増やした。新潟ではここだけ、他県でもわかっているのは1蔵だけという希少さだ。
そんな背景だから、北陸12号は全て地元小出地区産。その他も含めて使用米は県産米100%担っている。 契約農家との取り組みは30年前から続き、現在20軒あまり。農家の方達は「プライド」という研究会を結成して、研鑽に励んでいる。
「近いから田んぼを観に行きやすいんですよ。でも、20軒だから、たいへん(笑)」
米の専門家と、田植え前、穂肥前、刈り入れ直前など折々に足を運ぶのだという。

酒を愛してくれる人に扱ってもらいたい

整理整頓、清潔、よけいなものも、埃も一切ない

最後に大平社長が変えたのは、なんと取引先だ。「うちのお酒を本当に気に入ってくれている人に託すのが一番いい」 という思いを持って、大平社長と営業部員のたった2人が北海道から九州まで、回ったのは、四半世紀も前。
日本酒にも特約店のシステムが取り入れられてまだ数年だった。自社の方針に賛同してくれる酒販店もあれば、手を引く店も、噂を聞いて新たに取引を希望する店もあった。5年以上かけて回った結果、ほとんどが入れ替わったという。
今もその方針は変わらない。不正なネット販売も少なくない時代、リスク管理も怠らない。逆トレースできる工夫もはじめている。
「暴れん坊、乱暴者だったから……」と、ジョーク交じりに淡々と自身を語る大平社長。まだ若かった25年前に大きく切った舵は、確実に未来を捉えていた。そして今も、未来を見据えている。

新潟淡麗にも繊細な違いが

緑川酒造の姿勢に共感し、何度もくじけず特約店契約を申し込む酒販店もある

大平社長:うちのお酒は香りもほんのり、旨味もほんのり。淡く綺麗で、あまりインパクトがないんです。そんなお酒があってもいい、と思っています。
新潟では、総称して「新潟淡麗」と言っていますが、その中には繊細な違いがある。とくに現代では、バリエーションも豊かになっています。でもどこも食事に合わせやすい、丁寧ないいお酒を造っている。それが新潟のお酒の良さだと思うんです。

蔵元が勧めるお酒を紹介しよう。

取材・文 / 伝農浩子