「地酒の名に恥じぬ個性ある酒」を チャレンジ精神が多様なブランドを生む塩川酒造
塩川酒造

塩川酒造SHIOKAWA shuzo

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PICK UP 2021

毎年何か新しい取り組みを必ず一つは行うことをモットーにしています。ご期待ください。

代表取締役社長の塩川和広さん

塩川酒造の代表的な酒といえば、やはり『願人(ねがいびと)』だろう。土地の歴史に深く関わり、蔵のアイデンティティーを表しているからだ。

先人の不屈の精神をリスペクト

蔵がある新潟市の内野町は海辺に近く、新潟大学がある街でもある。この町を訪れてまず驚くのは、川が立体交差する光景だ。

人工の川・新川の上を一級河川の西川が横切る。この光景こそが内野の歴史を語り、清酒『願人』の原点である。

「当社の主力銘柄は『越の関』ですが、この『願人』は山廃専用銘柄として2009年に完成しました」 と代表取締役の塩川和広さんは語る。

塩川さんは2016年、4代目に就いたが、長らく杜氏の任にあり数々の新分野に意欲的に挑戦。『願人』もそのひとつで、新潟では数少ない山廃造りへのチャレンジだった。

酒銘の由来は内野に豊かさをもたらした人たち

江戸時代、新潟市周辺は幾多の水害に悩まされてきた。洪水に苦しむ農民のために19世紀初頭、私財を投じて治水に取り組む人たちが登場。砂丘地帯に新川を開削して排水路を構築し、西川の下を通して海へと流す大工事だった。

今日の穀倉・新潟平野はこうした先人の身を削る戦いで誕生したと伝わる。土地ではこの人たちを願人(がんじん)さんと呼んで敬った。

「私たちが酒造りできるのも、新潟平野で採れる良質な酒米のお陰。願人さんへの感謝を忘れず、この土地の誇りを語り伝えたいと考えたのです」

願人さんの「願い」に重ね、蔵にとって未知なる山廃で新たな道を切り開こうとする、杜氏の信念が垣間見える。

米国人の舌をとらえた山廃仕込み

秋も深まると、いよいよ造りが始まる緊張感の中、着々と準備を進める

『願人』はすっきりした旨みとしっかりした酸味、やや高めのアルコール度が持ち味。ある日、蔵を訪れた米国人が、このお酒を試飲してステーキに合う酒質と絶賛した。

「彼はサンフランシスコで米国初となった地酒専門店を経営していて、この酒の米国版を輸出しないかと提案してくれたんです」と、塩川さん。

こうして『願人』をベースに、辛口に仕上げて誕生したのが『COWBOY YAMAHAI』。アーリーアメリカンを連想させる「カウボーイ」と、日本酒の古典的な醸造法を表す「山廃」が併記された、なんとも斬新な酒銘だ。

名付け親はかの米国人。日本酒の米国市場「開拓」スピリットをこの名に込めたそうだ。ほどなくロスで開かれた国際的品評会、インターナショナル・ワイン・コンペティションでは、この酒がゴールドメダルを獲得した。

「日本国内でも広く肉料理にマッチすると評価され、ステーキハウスや焼肉専門店など日本酒の取り扱いが少なかった業界でも、需要を広げています」

蔵の山廃への挑戦は確かな手応えをもたらしたようだ。

狙うはヨーロッパのワイン市場

『COWBOY YAMAHAI』と対を成すように開発されたのが『FISHERMAN SOKUJO』。真っ赤なボトルに描かれているのはワタリガニの一種、イチョウガニ。

魚料理全般に合うように造られているが、とりわけエビやカニなどのシーフードとベストマッチする。白ワインのようにフルーティーな香り、軽やかな甘みを備え、山廃に比べると速醸ならではの爽やかさが感じられる。

「米と麹と醸造の技法を駆使することで、どんな風味も創り出せる日本酒の可能性を証明したかったんです」と、塩川さんは意気込む。

このお酒はヨーロッパのワイン市場を意識して開発された。カウボーイのリリースで海外からの問い合わせが増えたことも、引き金になったようだ。

「カウボーイもフィッシャーマンも、現地の食生活に溶け込む日本酒の新しい可能性を探るもの。そのために海外でも受け入れられやすいラベルを工夫しました」

ラベルには日本酒を意識せず手に取ってもらい、食との相性をダイレクトに伝えられるデザインを採用したという。

これらの意欲的な試みは、農林水産省の「日本酒輸出の優良事例」に取り上げられた。 アメリカ、イギリスほか香港、インドネシア、カナダなどへ出荷量の17%を輸出している。

日本酒本来が持つ特徴を最大限に引き出す

「私、生まれ育ったのが千葉なんです。ところが、急遽父が酒蔵を継ぐことになって、呼び戻された。小学校を卒業した時でした。

新潟は大好きでしたから、嬉しかったですねぇ。学校では『なまってる』とか言ってからかわれましたけど(笑)。その時から、自分もここを継ぐんだな、と思っていました」

そう語る塩川さんに、「会社の運営で大切にしていることは?」と尋ねると、「挑戦する心」との答え。これまでの話でもその姿勢は十分に伝わってきたが、塩川さんのチャレンジは他にもあった。

古代米を使った酒に挑戦

それぞれが強い個性を主張しているお酒ばかり

古代米を使った赤い酒『SHISUI』の開発である。

「日本酒でワインのような香りや味わいを出せても、ワインに勝てないもの。それは健康にいいとされるポリフェノールでした」

そんな折に出合ったのが新潟県産の古代米。表皮部分に多く含まれるポリフェノールに着目し、その成分を生かすため磨かずに使用。日本酒本来の深い味わいをもちながら、ワインに負けない健康志向の酒が完成した。

蔵で使う米は新潟県産米が主軸、仕込み水は信濃川の伏流水。砂丘地帯で砂濾過された地下水が地域特性のある酒質に役立っている。

塩川さんの力強い言葉を聞いていると、日本酒の可能性を信じ、塩川酒造の挑戦はこれからも続くのだろうと思えた。

蔵元お勧めの酒は次の通り。

取材/伝農浩子・文/八田信江